飯島裕子『ルポ コロナ禍で追い詰められる女性たち 深まる孤立と貧困』(光文社新書)

 非正規就業者を増やすことにより女性活躍推進を取り繕ってきた対人サービス業。その二大業種である「サービス業」はコロナ禍で大打撃を受け、「医療・福祉」は最前線での困難を余儀なくされている。女性活躍推進の後ろで見えなくされてきたさまざまな矛盾がコロナ禍で露呈したと言えるのではないだろうか。

(p. 19)

 

 POSSE事務局長の渡辺寛人さんは話す。

 シングルマザーや親を介護中の人など、家族のケアを担っており、フルタイムの仕事ができず、短時間パートで働いている人がいる。年金だけでは生活が成り立たずパートで補っている高齢者や病気や障害がありフルタイムで働けない人、一か所の収入だけでは足らず、複数の仕事を掛け持ちする人など、非正規で働く人の中にはさまざまな事情を抱えた人が少なくない。

 ……短時間勤務だからといって家計補助的に働いているとは限らず、それがないと生活できない、欠くべからざる収入である場合が増えている。コロナ禍は既にギリギリの状態で生活してきた最も脆弱な層を襲ったのだった。

(p. 22-3)

 

 とりわけワンオペ育児を余儀なくされるシングルマザーへの経済的、精神的影響は甚大であり、困難な状況は今も続いている。しんぐるまざあず・ふぉーらむはシングルマザーに対する調査を続けているが、コロナ禍で、学校休校による自主休業や勤務先の休業、解雇等により、収入が減少した人が7割、うち2人に1人は収入が半減したと回答している。また3割が自主的な休業や退職を余儀なくされ、その傾向は非正規雇用において顕著であることもわかった。

 また、学校休校のインパクトが大きいため見えづらくなっているが、育児のみならず、介護のため、給食に追い込まれた人も少なくない。高齢者はコロナによる重症化リスクが高いことから訪問介護を断り、自宅で看ることを選ぶ人や、施設が密になることを避けるためと在宅での介護を打診されるなど、介護負担は増大し、その多くは女性たちの肩にのしかかった。

 夫が在宅勤務、子どもが休校で食事を三食用意することがしんどかった等、家事負担を強いられる女性たちからの声もあがっている。コロナウイルスの影響により、さまざまな局面で女性のケア負担がこれまでにないほど高まっているということができるだろう。

(p.24-5)

 

 20年4月、国連のグレーテス事務総長はコロナ禍において女性に困難が集中していると警鐘を鳴らし、各国政府に対して、女性と女児をコロナ対応の中心に据えるよう要請。またコロナが与えるもう一つの致命的な危機として、女性に対する暴力をあげ、可視化されづらい、”シャドーパンデミック”が拡大しているとして、各国の政府への早急な対応を求めた。

(p. 27)

 

「コロナ禍で女性に異変が起きている」という認識が広く共有され始めた背景には、このところの女性自殺率の急増があるだろう。コロナ禍における自殺率の推移をみると20年1月~6月の自殺者数は昨年と比較して減少していたが、男女とも7月から5か月連続で増加。中でも女性の自殺率が急増しており、対前年同月比で10月には91%にまで増加した。

 通常、男性は女性に比べ自殺者数が2~3割程度多く、現在も男性自殺者数が女性を上回っている状況は変わっていない。しかし男性に比べて女性自殺率が急増していることは大きな衝撃をもって受け止められた。……女性自殺者比率が9割増加した10月の職業別統計を見ると「無職者」が増加しており、さらにその内訳は「年金・雇用保険等生活者」が最多であることも明らかになっていることから、経済的困窮が影響を及ぼしていることが考えられる。

(p.28)

 

 コロナ禍における仕事への影響は深刻で、生活に困窮している母子世帯が増えている。……

 母親が働けない、家族の世話ができないため、ヤングケアラーとして幼い弟妹の面倒を見ているケースも増えているという。子どももまた困難な状況を誰にも相談できず、孤立してしまう。

(p. 48)

 

……シングルマザーの経済的困難はコロナ禍以前から突出しており、吹けば飛ぶような脆弱な基盤しか持ち合わせていなかった。とりわけコロナ禍では、解雇や雇止めが非正規女性に集中していたこと、学校休校やステイホームの影響でケア役割が増大したこと、家計の経済的負担が増えたことなど、母子世帯はダブルパンチ、トリプルパンチに見舞われている。

(p.53-4)

 

 婦人保護事業は、各都道府県に設置義務がある婦人相談所とそれに併設された一時保護所、長期的に滞在できる婦人保護施設等からなる。

 婦人保護事業の根拠となっているのは、戦後、貧困のために売春する女性が増えたことにより、1956年に制定された売春防止法だ。この法律では「売る側」ばかりが罰せられ、「買う側」が処罰の対象にならないなど、問題とされる点は多いのだが、その目的は「売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護厚生の措置を講ずること」であった。さらに同法第4章では、婦人相談所等は「売春を行うおそれのある女子(=要保護女子)の保護のために設置されるものであるとしている。しかし婦人保護事業が開始された当初から「売春の恐れがある女性」が相談に訪れるケースは少なく、家庭内暴力、生活困窮、障害などを理由に居場所を失った女性たちが利用するほうが圧倒的に多かった。だが、その運用が見直されることはなかった。

 そんな婦人保護事業に過渡期が訪れる。2001年、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(DV防止法)が成立。「要保護女子」のために利用されてきた婦人保護事業を転用する形で婦人相談所の一時保護所や婦人保護施設がDV被害者によって利用されるようになったのだ。次第に婦人保護事業はDV被害者優先となり、DV以外の問題を抱えた女性たちが支援にたどり着きにくいといった問題が生じるようになった。

 DV防止法の範疇に収まらない女性たち、たとえば生活に困窮し家を失った未婚女性などは、昭和から平成、令和になった現在でも、売春防止法に基づき、「放置しておくと売春の恐れがある要保護女子」を拡大解釈する形でしか、婦人保護事業を利用することはできない。あまりに女性差別的であり、時代錯誤も甚だしいのだが、婦人保護事業が始まって60年以上経った現在も手がつけられることなく放置されてきたことに批判が集まっていた。

 女性からのニーズも多様化しており……

 こうした状況を受け、厚生労働省は「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」を発足させ、2019年10月に「中間まとめ」を発表した。ここでは、対象女性を「要保護女子」としてではなく、人権擁護や男女平等の観点から「様々な困難な問題に直面している女性」とすることや、「保護厚生」の根拠となっている売春防止法第4条の廃止、また保護だけでなく、その後自立するための支援を行うこと、困難を抱える女性を包括的に支える「女性自立支援法」を新たに制定する必要性についても言及されている。

 コロナ禍で困難に直面する女性は複合的な問題を抱えている人が少なくないが、その問題の一部は女性であることによる不利益や差別によって引き起こされていることも忘れてはならない。

(p. 99-101)

 

 2021年4月、看護師の日雇い派遣が解禁されることになった。介護施設では看護師確保が困難な状態であること、職を離れている「潜在看護師」を活用することなどが理由として挙げられている。日雇い派遣が認められているのはすでに看護師派遣が認められている老人介護施設等で、一部施設に限定的ではあるものの、病院等へも拡大していく可能性もある。

 ……

……今現場で働く看護師の労働条件を省みることなく、仕事を細切れにして派遣で穴を埋めるというやり方は果たして正しいのか?

(p.113)

 

 コロナ禍以前から介護現場は慢性的な人手不足が続いていた。特に訪問介護ヘルパーの平均年齢は60歳近く、リスクを考え、職場を去る人も少なくなかったという。学校休校で子どもの世話があって働けない人や、帰国したまま戻ってこられない外国人ヘルパーもいた。

……

 しかしこうした状況の中、厚生労働省は、利用者に発熱などの症状がある場合でも、感染対策を徹底した上でサービスを続けるようにと通達した。しかし、一人の高齢者の自宅に複数の事業所からヘルパーが派遣されているケースも多く、その中の一人がコロナに感染すれば、クラスター化する恐れがある。濃厚接触者となったほかのヘルパーも全員休業せざるを得なくなり、人手不足に拍車がかかり、介護崩壊が広がっていく。

(p/ 117)

 

 2020年に倒産した介護事業所は118カ所。自主的に休業や廃業をした介護事業所は455カ所にのぼっており、いずれも過去最多の値となった(東京商工リサーチ調べ)。利用控えによる影響や感染予防対策への費用負担などから経営困難に陥る施設に加え、仕事はあるが離職者が多く、スタッフが集まらないため、廃業に追い込まれた施設もあるという。

(p. 121-2)

 

 ……男女差については、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)によるデータがある。2020年5月時点で、週1日以上在宅勤務を実施した人は全体の28%、男性の34%、女性の20%であった。一般的に育児、介護など家庭内のケア負担が多い女性の方がテレワークの需要が高いと考えられがちだが、現実はその逆となっている。女性のテレワーク率が低い背景には前述してきたように女性のエッセンシャルワーカーや非正規雇用者が多いことがあるだろう。

(p.161-2)

 

 日本では現在働く人の約4割、働く女性の6割近くが非正規として働いている。

(p.167)

 

 ジョブ型雇用:労働時間ではなく、定められた職務に対して評価を行う。テレワークと相性が良い一方で、成果主義の温床となりやすい。

 

 厚生労働省指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」は2020年7月以降自殺者数が急増している譲許を受け、10月21日に緊急レポート「コロナ禍における自殺の動向に関する分析」を公表した。レポートではコロナ禍の自殺同行は例年と明らかに異なっており、女性の自殺があらゆる年代で増加傾向にあることなどが指摘されている。また「性別と同居人の有無」「性別と職の有無」についても分析。「同居人がいる女性」と「無職の女性」が全体の自殺死亡率を増加させていることを明らかにした。

(p.187)

 

……20~64歳の単身女性(ひとり暮らし)の貧困率は24.5%と4人に一人が貧困だが、65歳以上になると46.1%と約2人に一人が貧困という状態にまで跳ね上がる。2015年国税調査によれば、高齢でひとり暮らしをしているのは、男性約190万人、女性約400万人。すなわち約200万人の高齢おひとりさま女性が貧困状態ということになる。……彼女たちの貧困は今に始まったことではない。しかし少ない年金でつつましく生活している人が多いためか、その苦境が表に出ることはほとんどなかった。

(p. 210)

 

 コロナ禍の女性への影響を鑑み、政府は専門家らによる「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」と早期に立ち上げている。……少子化対策と直結しやすい若年女性や子育て期の女性が政策の中心であり、就職氷河期世代を含めた中高年齢層は蚊帳の外に置かれていることは否めない。

(p. 220)

 

●著者がコロナで露わになったと考えていること、大きく3つ。

1つ目 女性の貧困:……ずっと以前から存在していた。崩壊寸前のところで踏みとどまってきたのだが、そこにコロナ禍が遅い、困難がより顕在化されたにすぎない。

「男性稼ぎ主モデル」の崩壊も要因。

2つ目 「女性活躍のウソ」

増えたのは非正規雇用。いまなお女性非正規は雇用の調整弁扱い。

3つ目 「仕事の分断と格差」

テレワークやジョブ型雇用など、コロナ下で誕生した新らたな働き方には懸念。