オランダ レイプ被害によるメンタルヘルスの問題で17歳女性が安楽死  物議に

www.dailymail.com

2023年10月

複数のレイプ被害によるメンタルヘルスの問題に苦しみ、

安楽死を選択した17歳のMilou Verhoofさん。

 

同意している当人のビデオ撮影をし、

安楽死を実施したことの両方で医師らから告発されている

Menno Oosterhoff医師。精神科医

 

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【カナダ】肺がんを診断された患者の3分の1が、専門医の診察も治療も受けずに安楽死 

www.lifenews.com

 

 

A recent Canadian study found that nearly one-third of patients diagnosed with “lung cancer” who died by assisted suicide did not have a biopsy-confirmed diagnosis of lung cancer. Furthermore, they were less likely to consult a radiation oncologist or medical oncologist and less likely to receive treatment. This is what happens when the door is opened to assisted dying.

英王室領ジャージー島の安楽死合法化、royal assent(王室からの同意)により決定

www.bbc.com

 

www.bbc.com

www.bmj.com

thecatholicherald.com

 

【関連エントリー】

ジャージー島 安楽死合法化法案を承認 マン島に続き英王室属領の島々では二番目

(2026.2.27)

https://blog.hatena.ne.jp/spitzibara/spitzibara.hateblo.jp/edit?entry=17179246901358944139

TruogらがNEJMで臓器提供安楽死に向けて「デッド・ドナー・ルール」の見直しを提言

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMms2601611

 

 

関連記事

https://www.houstonpublicmedia.org/npr/2026/07/08/nx-s1-5883714/a-new-proposal-for-organ-donation-sparks-concern/

 

www.junonews.com

キャロル・ギリガン『In a Human Voice 人間の声で』

冒頭の「著者と訳者の往復書簡」p.9-18で「オーダシティ」について書かれている個所が強烈な印象を残す。

 

2025年6月12日の訳者からギリガンへの書簡

〔第五章で強調される〕「オーダシティ」は、本書を翻訳する過程で最も私たちの目を引いた言葉です。先生がここまで繰り返しこの言葉を用い、強調するのは、本書が初めてだと理解しています。この言葉にはまだ日本語の定訳が確立されていないこともあって、この数か月の間、私たちはこの言葉について話し合いを重ねてきました。英語の「オーダシティ」に含まれるニュアンスや文脈的、歴史的な重みを最適に表現できるような言葉を日本語の語彙から選び取ることができるよう、もし差し支えなければ、幾つか質問をさせていただければ幸いです。

 私たちの理解が正しければ――正しくなければ、訂正をお願いします――オーダシティとは誰もが内にもつ資質であり、時に、他者に対峙して、目の前に不正があり、それについてケアすべきであるということを相手に気づかせるように働きかけさせてくれます。……なぜオーダシティが重要なのかといえば、ケアの倫理は関係性に根ざすからです。ある人が他者との関係性をケアしているのに、その関係性に含まれる他の人たちが誰もそれをケアしていなかったとしたら、関係性は変容され得ず、家父長制と階層構造は維持され、道徳的損傷/毀損は次世代にも押し付けられることになります。だからこそ私たちは、ケアし、積極的に関与するように他者にも呼びかけるため、オーダシティある行為をとらなければならないのです。

 「オーダシティ」という言葉は公民権運動や米国の黒人史にルーツを持つことを、私たちは学んできました。……

 オバマの著書やキング牧師のスピーチの日本語訳を見ると、「オーダシティ」という言葉は得てしてboldnessや daringに相当する言葉に訳されていることに気づきました(大胆、大胆不敵)。しかし、英語のオーダシティには、少なくとも米国の文脈においては、遥かに深く、複雑な含意があります。私たちの理解するところでは、それは社会規範にてらしたときに横柄だとみなされてしまうような大胆さを指します。なぜそう見なされるかといえば、そうでなければ大した問題ではないと見過ごされていたであろう、家父長制、階層構造や不平等に、現行の規範や現状の関係性を危機に晒すような不敵な行為を指します。

(p. 10-12)

 

ギリガン教授からの返信(2025年6月21日)

……ご指摘の通り、この言葉は本書で初めて使用したもので、私のこれまでの研究における重要な洞察--声がないところに、関係性は成り立ちえないこと――と、私の中で深まりつつある認識ーー自分の声を関係性の中に持ち込むことは、真にオーダシティを要する行為であるということーーをつなぐ、重要な言葉です。……人々が真にケアするとき、自分の意見を正直かつ率直に表現しようとするなら、関係性を喪失するリスクを負わざるを得ないこともあれば、自分が差し出すケアに相手が報いてくれないかもしれないというリスクを抱えなければならないこともある、ということです。関係性はケアの倫理にとって肝要です。……ケアリングとは、ケアが十分に注がれていなかったり無関心であったりを含む、関係性の問題に対峙する覚悟を持っていることを意味します。

 とりわけ女性の場合、ケアリングをオーダシティある行為として語ることは、善良な女性とは「利他的な」人を指すという世間一般の想定に異議申し立てをすることになります。何かが不正であるとか、誰かが怠慢だったり他者を傷つけたりしていると言ったのを女性が指摘することは、関係性の維持のためにその女性を黙らせようとする社会的圧力(フォース)に挑むことを意味します。「関係性」を持つことと引き換えに、正直な声を潜めるよう求める役割訓致(イニシエーション)に抵抗する女子たちの姿を目撃したことが、私にとって〈ケアリングとしてのオーダシティ〉の価値を理解し、ケアリングは能動的ではなく受動的である点で「女性的(フェミニン)」であるという考え方を拒絶するきっかけとなりました。……そのようなわけで、オーダシティとは、大胆であり不適であるとともに、起こっていることに対峙する勇気を意味しますが、それだけではありません。それは、自分として在ることをも他者とともにあることをも危険にさらすことであり、そうすることで真につながりを持って生きようとすることです。私はそれがケアの倫理、そして究極には人類にとって肝要だと考えるようになりました。

(p.13-4)

……

 ……私たちが共有する歴史のこの時点において、ケアしないこと(carelessness)

の代償を払うことが持続不可能なまでにそのコストが膨れ上がりつつある中、道徳的損傷/毀損の予防とケアの倫理は新たな緊急性を帯びてきました。一つの視座からは、関係性のうわべ上の平穏を乱し、平和を維持することと対立するように見えるものが、〔他の視座からは〕むしろ、必要不可欠なものとみなされ得ます。それは確かに、オーダシティのある行為でしょう。互いに、そして自分たち自身とより深く関われるようにするために、うわべ上の平和をあえて危険にさらそうとすることです。そして、私たちがともに対峙しなければならない課題を前にして目を背けるのではなく、それを引き受けようとすることです。私は本書『人間の声で』を、研究の過程で見出した希望を伝えるために書きました。ケアの倫理の声を人間の声として聞くことは、人間性の喪失に対する抵抗の声を私たちが有することを意味します。

(p. 16)

 

ギリガン教授への訳者の返信(2025年8月25日)

……

 深く議論した結果、本書では「オーダシティ」を「不逞不遜な大胆さ」と訳すことにしました。「不逞不遜」は「権威への不服従」を意味する「不遜」と、「へりくだらないこと」を意味する「不遜」を組み合わせた造語です。

(p.17)

 

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「結び ケアの倫理」の結尾

 

 関係性の倫理として、ケア倫理は、ほかの人たちや自分自身を知るための道しるべです。耳を傾けるための道しるべです。その叡智は、心理学的な叡智です。つまり、〔従来の発達論や二元論で割り切る〕判断を〔純粋な〕好奇心に置き換えると何が起こるか、見てください。

 それから、今日的視点に立つと、私の研究が初めて出版されたときにはなかなか見えなかったり発言できなかったりしたことを明らかにし、理路整然と説明することが花王になってきました。すなわち、「もうひとつの声」(ケアの倫理の声)は、当初は「女性的な」声として聞かれましたが、実は人間の声なのですし、〔人間の声とは〕異なる声は家父長制の声ですし(まぎれもないジェンダー二元論や階層構造のうごめきに耳を立ててごらんなさい)、そして、家父長制が勢力を持ち、強制力を有するところでは、人間の声は抵抗の声であり、ケア倫理は解放の倫理なのです。

 このように理論的に整理できたことで、なぜ『もうひとつの声で』が人びとの経験と強く共振し続けるのか、そしておそらくより決定的なことは、なぜもうひとつの声が21世紀の声であるかが明らかになるのです。

(p.220-1)

 

 

 

 

オランダで初 12歳未満の子どもの安楽死 調査へ

https://people.com/child-under-12-euthanized-in-the-netherlands-12005000

 

https://thenightly.com.au/society/health/voluntary-assisted-dying-netherlands-euthanises-child-under-12-years-old-investigation-launched-c-22476618

 

nypost.com

 

www.dutchnews.nl

 

www.msn.com

From 2002 legalization to 2024 law change

The Netherlands became the first country to legalize voluntary euthanasia in 2002, initially for adults and minors over 12 with parental consent. Before 2024, children aged 1–12 could only be allowed to die through palliative sedation or by stopping food and water. The 2024 amendment created a legal path for euthanasia in this age group, primarily for cases involving congenital abnormalities or incurable metabolic diseases.