中山祐次郎『泣くな研修医』(幻冬舎)

*交通事故で腸を損傷した5歳男児の回復が思わしくない、という場面

 

「もう一度開ける、か……」

 急に佐藤が隆二の方に向き直った。

「はい!……え? え? もう一度、開ける、ですか?」
「最悪、な。もしイレウスの原因が原の中にあるんだとしたら、開けなきゃダメだよ。でも再手術は結構ヤバい。そこまであの小さい体が耐えられるか……」

 佐藤は髪を触った。

「かといってあの腸を保打てておくのもかなりよくないね」わかるでしょ? と言われ、隆二はうなずいた。早めに判断しなければならない。

「とにかく、やれることは全部やろう。と言ってもやってるんだよね。……そしたら、先生」

 佐藤は真面目な顔をして言った。

「祈るよ」

「え?」

「腸が動くのを祈ろう。私も祈るから」

……

 

 祈る。

 医者が祈るなんてナンセンスだ。しかし祈らない理由もない。佐藤はできることは全部やると言った。その中には祈るという行為も含まれているのか。

 非力な自分。無力な医学。あの少年に何か落ち度があったのか。神様がもしどこかにいるのなら、こんな薄情なことをしなくたっていいじゃないか。

 隆二はナースステーションの電子カルテの前に座った。いつの間にか、病室の窓から鮮やかな夕陽がまっすぐにナースステーションに差し込んでいた。その夕陽はいつもより濃く、当たるもの全てを紅く染めた。古い汚れや傷だらけのタイルの床、点滴バッグの載った銀色の処置台、そして隆二の白衣の端までも。

 顔に当たる夕陽が眩しい。隆二は右手で遮った。そして目をつぶった。頼む。頼む、神様。なんとか治してください。僕の全てをかけて、彼を治したい。神様、あと少しの力を。

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