雨宮処凛『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた』(かもがわ出版)

  コロナ以来、政権批判の声は日に日に大きくなっている。しかし、それでも安倍政権を支持し続けている人たちもいる。この国に生きる人の多くは真面目で我慢強く、おかみを批判するなんて、という遠慮があることもわかっている。しかし、その我慢の結果がマスク2枚だったではないか。

 一方で、私は知っている。「物言う人間」「声を上げる人間」を毛嫌いするのは、安倍首相だけではないことを。反貧困の活動を始めて15年間、私はずっとある光景を見てきた。

 原発避難者が「すみません」と謝り、「ありがとうございます」と頭を下げながら「どうかこのような政策を」と言う分には人は優しいけれど、権利を主張した途端にバッシングの嵐に晒されるのを。ホームレス状態の人が頭を下げ、腰を低くしていれば同情的な世間が、生存や住まいを要求してでもなどしようものなら「ふざけるな」と手の平を返すことを。

(p.38)

 

●メモ

朝海さち子『谷間の精霊たち』1975年刊行 第10回太宰治

主人公は、菜々枝。昨年成人式を迎えた。

「知恵おくれで、誰にも相手にされず、世間から隔離されて育った」彼女を

障害児福祉への志の高い院長が雇用し、

重症心身障害児施設の山麓病院に補助看護師」として働いている。

重労働の病院で、腰痛のための退職者が相次ぎ、残された職員の負担が急増。

ケアが劣化し、虐待が起こり始めるが、インフルエンザの流行で事態はさらに悪化。

最年長の健ちゃんが体調を崩して手がかかる状態になったことから、

院長と甥の医師との間に、「健ちゃんたちは死んだ方が幸せ」いや、あの子らの命は神様から授かったもの、などの議論が起こる。甥が、周りの介護負担や疲弊について語るのを聞き、菜々枝は「健ちゃんたちのために、みんなが大変な目にあっている」と考え、健ちゃんの鼻と口にビニールを当てる。

 

●メモ

2020年、年末の「コロナ被害相談村」(大久保公園)などの活動(著者は12月29日から1月3日に相談員)

 

みそかは宿泊できるホテルへの案内を担っていた「チャレンジネット」が閉まり、ホテルへのあんないができないと思っていたら、豊島区役所では午後1時から5時まで職員が対応し、ホテルに入ることも生活保護申請も可能だった。1月1日から3日も同様。

 

●メモ

1月1日元旦に、年越し大人食堂では福島みずほさん、山添拓さん、山本太郎さんといった国会議員が相談員をやっていた。

 

 私も相談員をやってきたが、これほど緊張する仕事はないとも思う。相談する方も当然緊張しているが、相談を受ける方も緊張しているのだ。なぜなら、相談に来る人は、人生において危機的状況にあるからだ。人生の、もっとも重大な局面である。間違いは決して許されない。だからこそ、自分で分からない時や知識が曖昧な時は、その問題に詳しいプロに聞く。

 私は生活保護関係にはそこそこ詳しいが、例えば労働問題に関する知識はそれほどない。借金や相談といった込み入った話になると法律家の出番だ。外国人の相談の場合は専門家でないと対処できないことも多いし、まずは通訳が必要になる。様々な相談に対処できるよう、大人食堂でもコロナ相談村でも、相談会場には弁護士や労働組合の人、司法書士や元ケースワーカー、外国人問題に詳しい専門家や通訳がスタンバイしている。健康相談のためのお医者さんもいる。労働問題は組合の人にいろいろ教えてもらい、逆に生活保護の問題になると組合の人にこちらがいろいろ情報を伝えることもある。勿論全員正月休みを返上した上に、ボランティア。

(p. 211)

 

 この日は、時間が遅くなるごとに外国人の相談が増えていった。相談会の後半、私が担当した人も6人全員が外国人。国籍はイランやナイジェリア、エチオピア(まま)、ベトナムなどで全員が仮放免、もしくは短期ビザ。就労が禁止されているので働くことができない状態だが、生活保護など公的福祉の対象にもならず、制度の谷間に落ちている。

 働きたいけど働けない。だけど公的なセーフティネットの対象にもならない。「死ね、ということですか?」と口にする人もいた。

(p.216)

 

 本文で書いてきたように、本当にいろんな人に会った。

 共通していたのは、コロナ禍は「きっかけ」に過ぎなかったということだ。

 新型ウイルスの流行は、この国の経済がとっくに崩壊していたということを、嫌というほど露見させた。非正規雇用を増やし、彼ら彼女らを低賃金で不安定な立場に押し込み、何かあればその層を放り出す――。そうやって人の命や生活を犠牲にし、騙し騙しで続けてきたシステムが限界を迎えていることが、白日のもとに晒された。

 冷静に考えれば、誰だってわかる話だ。働く人の4割が非正規雇用で、将来の見通しを立てづらい。社会的信用に乏しいがゆえにロームなどを組むのが難しく、賃貸物件の入居審査に落ちることもあるなど居住の不安定さにも晒されている。そんな非正規雇用で働く人の平均年収は179万円(国税庁・18年)。男性は236万円。女性非正規に限ると154万円。これでは何かあった時のための貯金も難しい。実際、金融広報中央委員会の19年の調査によると、貯蓄ゼロは単身世帯で38%。

 そんな人々が、コロナ禍で真っ先になんの保証もなく放り出された。

 出会った一人一人が、この「失われた30年」の、そしてこの国の雇用破壊の歴史の生き証人だった。

(p. 228-9)