オランダとベルギーの安楽死後肝臓提供に関する論文メモ

Evaluation of Liver Graft Donation After Euthanasia

Marjolein van Reeve, et.al.

JAMA Surg. 2020;155(10):917-924.

https://jamanetwork.com/journals/jamasurgery/article-abstract/2769118

 

だいぶ前に存在を知って、ずっと読みたかった論文をありがたくもゲットしてくださった方があり、いただいたので、早速に読んでみた。

 

まず両国の安楽死後臓器提供について、目についたことをメモ。

 

  • ベルギーの安楽死後臓器提供は2005年1月から。オランダは2012年9月から。

 (ベルギーが2005年からというのは前のブログで拾っていて、オランダは確認できないままに同時期なんだろうと思っていたけど、案外に遅かった)

 

  • これまでの後ろ向き研究からは、ベルギーの安楽死者のうち臓器ドナーに適していた人は10%。

 

  • 近年、ヨーロッパの移植圏では、心臓死後肝臓移植が増えており、2010年の42件から2019年には160件に急増。(これは、スペインの臓器移植事情について調べた際に、脳死ドナーが減っている対策として、救急救命室で延命している患者が有望な心臓死後ドナーのプールと目されている、と言われていたことと重なる。)

 

  • 両国の安楽死では、まず鎮静のため使われるのが、推奨としてはチオペンタール。オランダではプロポフォールも。その後、筋弛緩剤が使われる。rocoronium bromide, atracurium besylate, cistracurium besylateなど。

 

  • オランダでは、Erasmus MC University Medical Center と Maastricht University Medical Center が安楽死後臓器提供のマニュアルを開発。オランダ移植学会も安楽死後臓器提供に多職種全国ガイドラインを作成。ベルギーでは、全国的なガイドラインはないが、すべての移植センターにそれぞれの(local)プロトコルがある。

 

  • 安楽死と臓器提供はそれぞれに独立したプロセスで意思決定されることが、厳格に求められる。すでに安楽死を認められた患者の側からの自発的な申し出によって臓器提供のプロセスが始まる。医師から話を持ち出してはならない。

 

  • 心停止から5分間待って、臓器摘出のプロセスが始まる。オランダでは、この5分間はドナーを手術室に移すこと禁止。

 

次に、この研究に関するメモ

 

  • 著者らの知る限り、安楽死後肝臓提供に関する、これまでで最大規模の研究。

 

  • 両国合わせて、2018年7年1日までに行われた安楽死後臓器提供による肝臓移植47件について、生命維持中止による心臓死後臓器提供による肝臓移植542件と、比較。同時期の総数は59件だが、うち12件は機械によって臓器を保存しているためコホートから除外。

 

 

  • 死戦期の継続時間が、安楽死ドナーは中央値7分に対して、心停止ドナーは同14分と安楽死ドナーが短いが、それが生存率アップにつながってはいない。

 

  • コホート集団ドナーのうち、53%が女性で、後者は女性が38%。年齢の中間値は前者が51歳(44-59歳)で、後者が49歳(37-57歳)。生存率は、前者が1年後87%、3年後73%、5年後66%に対して、後者では1年後74%、3年後61%、5年後57%。著者らは、有意な差ではないとする。

 

  • 上記の要因として、①安楽死を希望する患者はもともと体力が低下していることが多く、この点は外傷患者と異なっている。②安楽死に使用される筋弛緩剤との関連は不明瞭だが、比較的多くの筋弛緩剤が使用されること、それが肝臓と腎臓で排出されることなどが関係している可能性あり。③安楽死で使用される薬剤の死後の影響や、臓器にcold flushが行われる際の最初の数分間の影響も不明。これらの点については、さらなる研究が必要。

 

  • 著者らが研究に際して立てた仮説(生命維持中止に伴う心停止後臓器提供に比べて安楽死後臓器提供の成績が良いのではないか)については、十分に有意な差が認められなかった。

が、安楽死後肝臓提供の予後成績は生命維持中止に伴い心停止後臓器提供の成績と類似しており、プールが約7%増大すると見込まれることからも、CDCドナーのプール増大させれる策として安楽死後肝臓提供は倫理的に正当化されうる。

 

  • コホート集団では女性が多いが、この研究では統計的な有意差ではない。ただしレシピエントとの間で男女間のミスマッチのリスクが高い可能性はあり、そのために生存率が低い可能性もある。(女性が多いことの背景には様々な社会的倫理的な問題が潜んでいると思うけど、この論文の著者らにはもともと関心がない問題なのだろうな)

 

  • これらの調査結果から、安楽死後肝臓提供は臓器ドナーのプールを拡大する貴重な資源となると思われる。ただし、適切なドナーの選別や運搬の問題などから、安楽死後に提供される臓器はハイリスクと考えるべき。

 

  • オランダのガイドラインでは、医師から安楽死後臓器提供について話を始めてはいけないことになっているが、新たなドナー法(Donor Act)によって果たしてこの規定は倫理的なのか議論が再燃している。医師から話を持ち出すことは、患者に社会的な圧力をかけ、医師は患者を害してはならないという倫理原則に反する可能性がある反面、こうした情報を伏せておくことは患者の自律原則に反するのではないか。安楽死においても臓器提供においても、患者はすべての情報を得たうえで自己決定できるべきであり、ドナー登録をしている患者に対して医師が情報提供しなければ、患者の自律が損なわれることになる。

(この点に関して、コメンタリーで、安楽死そのものの是非がこの論文では論じられていないことのほか、医師から話題をスタートすることを認めれば、医師に説明する圧がかかるのではないか、ひいては臓器提供安楽死にもつながるのではないかなど、すべり坂懸念が指摘されている)