伊藤亜紗『記憶する体』 

伊藤亜紗『記憶する体』 春秋社 2019年

 

「『右手がなくなって大変だ』と思っている人に、『我々はもとからないで』と言うのも、なんか驕っているかんじがしますしね(笑)。なくなった痛みを知っているわけではないので、慰めになっていない気がするんで、あまり〔そういう〕物言いはしないですけどね。その人にはその人のアプローチがあると思うんでね」

(p.175 先天的に左肘から下が欠損している川村綾人さん)

 

 生きる方法を手探りする中で森さんが考え付いたのは、「動物になる」という道でした。つまり、人間をやめようと思ったのです。

「手負いの動物って泣かないですよね。ただ生きようとするじゃないですか。人間としての思考を止めて、動物のように生きるしかない」

「ぼくは普通に生きることを途中で諦めたというか。『普通に生きるのを諦めて命をとる』のと『普通に生きようとして命を諦める』のどっちなのかというときにぼくは命をとったんです」

 自分の現状を俯瞰して「なぜ」と問うたり、あるいは何らかの判断を下したりするメタ的な意識の動き、森さんは、自分の中にある、そうした人間としての機能を停止させる道を選びます。それはある意味では「人間をやめる」ことになる。でも、ただ生きるためにはそれが必要だったと森さんは言います。

(p. 185 バイク事故で左腕の神経叢引き抜き損傷をおった森一也さん)

 

 チョンさんの足の痛みは、発病してしばらくの間は、変化はあるとしても痛みそのものが弱まることはありませんでした。夜も痛くて眠れず、薬も全く効かなかったそうです。

 一瞬たりとも痛みから自由になる方法がなく、どこにも出口が見えない状況。病気そのものの治療法が見つかっていない以上、「いつかは解放される」という希望を持つこともできません。チョンさんは言います。「この痺れが一生続くと思うと、わーっと爆発するような感じでした」

……「この痛みから逃れられる方法が死であるならそれでもかまわない、と思うこともあった」と言います。特に夜も眠れないのが辛く、「家族を起こして、『足を切ってくれ』と頼んでいた」……

 発病してからしばらくのこの痛みの時期、チョンさんとチョンさんの身体のあいだには、遠い距離がありました。「最初は、これはもう自分じゃない、自分の体はこうじゃない、という感じでした」。この思い通りにならない体を、自分の体だと認めることができなかったのです。

 それは言いかえれば、かつての健康な自分、記憶の中の自分の体の方こそを、本当の自分の体だと思っていたということを示しています。そのために、絶えず過去の自分の体を基準にして現在の体を評価する意識がはたらき、現在の体を「これは違う」と拒否してしまっていました。

(p. 216-7 CIDP 慢性炎症性脱髄性多発神経症のチョン・ヒョナンさん。在日朝鮮人三世)

 

「痛みは孤独感がある」とチョンさんは言います。「痛みってすごく孤独感があるんですよね。だんだん『どうせお前にはこの痛みは分んないんだよ』という感じになってくるんですよね。自分だけが、この痛みを知っている、と」。「分かってほしい」という思いがあればあるほど、「分からない」を突きつけられ、本人も周りもいっそう苦しむことになります。

 チョンさんの痛みの感じ方が変わった背景にあったのは、逆説的にも、「すでに痛みは分有されていた」と言う気付きでした。

 講演をきっかけに自分や自分の置かれた環境のことを振り返るうちに、痛みを抱えているのはチョンさん本人だけではなかった、と言うことに気づいたのです。

 ……

「だんだん、子どもの盗癖が出たりして、ぼくだけが痛みを抱えているんじゃないということに気づいたんです。家族の中で、何か変化があったことで、みんなそれぞれ痛みを抱えながら小さいながらも自分なりに進もうとしているのをまざまざと感じさせられたら、なんだろう、この『自分だけ』みたいなやつは、と気づいたんです」。

「私の痛み」から「私たちの痛み」へ。注意すべきなのは、これが「共有」ではなくて「分有」だということでしょう。家族は決して、チョンさんの痛みを自分のこととして理解したわけではない。あくまでもチョンさんの病気との関連で自分に起こった痛みを、それぞれが生きている。

(p. 221-2 同上)

 

 つまり、体の記憶とは、二つの作用が絡み合ってできるものなのです。一つは、ただ黙って眺めるしかない「自然」の作用の結果としての側面。もう一つは、意識的な介入によってもたらされる「人為」の結果としての側面です。

(p. 271 エピローグ 体の考古学)

 

 もしかすると、三十年後の人類がこの本を読んだら、まるで白黒テレビでも見るかのようにノスタルジーを感じるのかもしれません。「へえ、三十年前の人類の体には、こういう感覚があったのだなあ!」。これは、本書がいつか考古学的な資料として読まれる可能性です。

 身体の考古学なるものがあるとすれば、いつかそのような視点で読まれることは、著者にとってはこの上なく悦ばしいことです。そしてできることなら、単なる「過去の一時点における体の記憶」としてではなく「賢者たちの知恵の書」として読まれたい。つまり未来のその時代を生きる体たちにとって、なんらかの手がかりや道筋を示す書物になっていたらいいな、と思います。

 なぜなら、どんなに科学技術が発達したとしても、思い通りにならないことと、人為的に介入しうることとの間で、人類は悩み、そして発見し続けるだろうからです。条件は変わるのだろうけれど、思いとしては同じ。それが体を持つ者の宿命だからです。

(p. 274-5 エピローグ)