田中智子『知的障害者家族の貧困 家族に依存するケア』 メモ

田中智子『知的障害者家族の貧困 家族に依存するケア』 2020年法律文化社

 

「いわゆる“親”としての役割を超えた多岐にわたる役割を担うことが社会的に要請されてきた」として、4つの役割を挙げている。

1.「介助者」としての役割。

2.「準専門家」としての役割。

3.「コーディネーター」としての役割

4.「代弁者」としての役割。

 

 このように、“親”を超えた多様な役割を担わざるを得ないことから、障害者の母親は自らの属性において、「妻として、労働者として、市民として、女性として……」という多様な側面を捨象し、「障害者の親」という一側面を肥大化させて生きざるをえない。親を無償かつ際限なく利用できるケア資源とみなすことで、社会資源は補完的にしか整備されず、母親はケア役割への専従化が求められる。(p.4)

 

……要田(1999)は、親たちが自らが「両義的存在」であることを自覚していないと、「〈健全者の論理〉にからめとられ、差別する主体として子を裏切ることになってしまう」ので、「障害児を持つ親たちは、〈健全者の論理〉を正当化する価値観の不当性を日々の生活の中で証明し、異議申し立てしていくことかでしか、障害児を持つ親としての真の解放はない」と述べる。石川(1995)も同様に、親が自らに内在する障害に対する否定的な価値観に気づくことで、「自分の差別意識を自覚し、自己解放を求めて活動する親は、共生の思想を自分のものにしていく」必要性を述べている。

 両者に共通するのは、そのような共生の思想を得るための具体的な策として提示されるのは、ひたすらに障害のある子どもと向き合うことである。……

 このようにして、障害に対するネガティブな価値観を否定し、共生という思想に基づく石川のいうところの「新しい親性」を手に入れた親たちは、子どものために自発的に行動するようになり、それは社会の規範の変革をも要求する主体へと自分をつくりかえていくことにつながる。要田は、「親は、同じような悩みを持つ人々と出会いたいと思い、家族のかべをとりさり、自ら行動し始める。他の資源を活用し、周囲の人々とともに、改善を求め、社会に働きかける力を持ち始め」、さらには、社会への異議申し立てとしてそれは、同じ問題を抱える当事者が家族の枠を超えて集まり、内外の情報交流、連帯を高め、活動していくことで「自己閉鎖的な日本型近代家族の枠組みを超える営み」へとつながるとしている。

 しかし、この戦略が「障害者の母親」たちの固有のあり方、還元すると、母親たちに専従ケアラーとして以外の生き方の選択肢を開くものであるかというと、それは射程には含まれておらず、反対にこどもに変わって社会に異議申し立てする親という役割を肥大化される誘因にもなりかねない。先行研究においても、子どもに障害があることによって「新たな価値観や生き方を見出すという事故を変革」するような場合もありうることへの言及も行われてきたし、実際に筆者もそういった語りには多く接してきた。……このような障害に対する肯定的な捉え方や、それに伴う自らの成長の実感などの心理的次元は非常に重要な点であるが、母親や家族の生活のあり様はまた別の次元で把握される必要がある。(p.6-7)

 

 “障害者の親”という生き方の特異性について、藤原(2006)は、「障害児の母親の問題は『見えなく』され、常に『母親であること』を強いられている」ことで、「障害児の養育に伴う質的・量的な負担は顕著であり、母親もそれを自覚している。そのうえで母親は育児の疲労感や介護の負担感を内面化し、障害児の母親であることに伴う様々な状況を受け入れようとしているのであり、障害児の生活を第一義的に考えるうえで、自分のことには特段注意を払わないまま、無理と矛盾を抱え込んでいる」と指摘する。……(p.11-12)

 

 先行研究によって示された親の支援のあり方は、いかに障害受容を促すか、あるいはいかにストレスを軽減するかという母親の「ケアラー」としての属性のみに注目し、それをどのように支えるのか、あるいはケアラーとしての親子関係をどのように考えるかということに尽きる。個々で見落とされているのは、母親はケアラー役割を遂行するために、労働者として、女性として、市民としての人生、すなわち継続性を持った自らの人生を脇においているという事実である。そのような多面的な属性を捨象し、ケアラーとしての部分を肥大化させて生きていくことが、どのような貧困リスクとつながるのかについては言及されてこなかった。

 このような問題意識のもとに、本書では知的障害者家族に生じる生活問題を貧困問題として把握することを試みたい。(p. 12)

 

知的障害児者を対象とした家計調査 概要はP.41

「明らかになった障害児者の生計費の特徴と家計への影響」とは、

  • 障害にかかる追加的費用の存在が認められたこと。
  • 社会資源について、とくに児童においては、「ケアの標準化」とも考えられるような状況が進行している。……その背景として、当事者・関係者の社会の働きかけによって、障害児者が使える資源が整備されてきたことがあるが、一方で、親にとっては「社会資源をうまく使いながら生活を回さなければならない」というプレッシャーにつながっているとも考えられる。(55)
  1.  しばしば世間では、障害のある子どもはそうでない子どもと比べて、お金がかからないといわれることがあるが、それについては誤りであることが、本調査の結果から明確になった。

 

……現在、支給されている特別児童扶養手当は、……。その支給要件は子どもの障害の程度を医学モデルから判断するもので、障害の程度が重度のほど、より高額の手当てが受給できるという仕組みを持つ。しかし、本章で確認したとおり、障害にかかる追加的費用は障害の軽重にかかわらず発生しているという事実、また母親による家計への追加的補填がなされないまま、兄弟などの教育費を工面しなければならないという事情などを勘案すると、単に医学モデルの観点からの障害状況で判断するのではなく、家族の生活状況も判断材料に含むべきである。また金額についても、障害児の「福祉の増進」というにとどまらず、就労かケアかという二者択一的な現状を緩和するために、家族が担っているケア役割を介護手当として換算したり、母親が就労できないことに対する逸失利益についても可難することを検討するべきである。(p.57-58)

 

……GHを利用する場合は、【表4-6】にあるように、いずれの所得階層においても支出合計が11万円から13万円となっている。離家しているとみなし、定位家族での家賃や光熱費の「本人固定」を差し引いても約10万円程度かかっており、多くのケースにおいて本人収入を上回る支出がなされていることは明らかである。(p.67)

 

……家族同居の場合、GHに比べて倍近くの「医療費」が支出されていることである。平均年齢はGHの方が高く、医療の必要性から考えると不自然な結果といえる。家族同居のケースにおいて、実際、購入されているものとしては、マスクや湿布型冷却材、風邪薬などである。このことから、親が日常的に子どもと接し、ちょっとした体調不良のサインなどをみつけることで、予防のためのグッズや薬を購入し、早めに対応していることが考えられる。(p. 73)

 

 

成人期の知的障害者の生計費ならびに家計構造の特徴 P.81

 

1.       知的障害にかかる追加費用の特定の困難性。

 

……障害者生活支援システム研究会(2002)では、障害者のケアの実態把握に際して、「直接介護」「間接介護」「予防的介護(直接的ではないが、パニック防止や睡眠の乱れなどに対して事前に対応する援助や見守り介護)」「突発的介護(パニック、飛び出し等への介護)」の5分類を示している。(p.81)

 

  • 知的障害者を含む世帯の家計は非常に弾力性が乏しい。

……その理由として、1つには、成人期障害者の日常生活を支えるうえで、いわゆる固定的な経費とも呼べるような費用が多く発生することによる。特にGHの場合には6万円強の利用料が必要となり、本人収入の大半を占めることとなる。障害者の所得の主要な部分を占める障害者基礎年金は大方この費用に充てられることとなり、本人が稼ぐ工賃は日々の小遣いとして支出されるが、それは少額である。その結果、暮らしの質を左右する部分は、家族の経済的援助の有無に依拠することとなり、親が経済的援助ができ、かつ本人と一緒に行動できるケースにおいては多様な生活が送られているが、そうでない場合は変化に乏しいルーティンの活動のみの生活にならざるを得ない。(p.82)

 

  • 家計において障害者への優先的支出配分を行うことで、本人よりも先に家族、とくに親に貧困が経験されている。

……

また、前述したとおり、親が高齢期になり、世帯全体の家計規模は縮小するにもかかわらず、本人への支出は維持される。

 

  • 家族は自らの生活を犠牲にしながら本人の生活を支えているのであるが、このような負担は親自身にも潜在化されていると言える。……つまり、福祉サービスや日々の活動など本人に支出したことが明確な費目以外、例えば家賃や食費、水光熱費などは、幼少期からの連続した生活の中で親が負担し続けており、負担として潜在化しているといえよう。(81-84)

 

親が自らの生活をどのように評価しているか。P.84

  • 障がいのある子どもの子育て・ケアを通じて得た、新たな社会的関係や価値観、それらを通じて実感する自分自身の成長など肯定的に捉えるもの。
  • 幼少期から一貫して求められる濃密なケアに終わる見通しがもてないことについての不安や閉塞感。
  • Kん音字や出産前に思い描いていた人生行路からの離脱。

 

 

第5章 ケアに引き寄せられる母親たちー就労をめぐる諸相からの考察―

1.障害者の母親の就労の考察の視点

(1)貧困防衛手段としての就労

(2)夫婦間での勢力関係

(3)社会参加の機会の保証

 ……障害者の母親をめぐる困難や生活問題に関する先行研究は、ケアラーとしての母親をいかにうまく機能させるかという着眼のもと、障害受容やケアにおける負担、ストレスに関するものが多く、就労を含む母親自身の生活や人生という視点での蓄積は多くない。藤原(2006)は、このことについて「『障害児の母親は、子どものことに専念していてあたりまえ』という不文律がある中で、母親がフルタイムで働くことや、子どもから離れた場所で活動するという生き方は特別視される」と指摘している。(p.93)

 

 第2章でも述べたように、障害者と家族の利害は対立的な関係にある。……

 ここでは、家族と障害者の利益の不一致について議論をする以前に、このような状況が所与のものとされている現状を解決し、2006年に国連において採択された障碍者権利条約にも明記されている「他の者との平等を基礎として」という理念が家族にも適用されること、すなわち障害者のノーマライゼーションとともに、家族のノーマライゼーションも追及されることが重要である。(p. 93-94)

 

……今回の対象者である50歳前後の世代というのは、常時付き添い等を求められてきた世代と、ある程度資源が整備され就労なども考えられるようになった次の世代との過渡期に位置し、複数の対象者が世代による子育て経験の違いについて言及している。(p.112)

 

 このような子どもの不調などに際して、母親の気持ちは揺れ動く。さらに、周囲の人々の「母親だから」という視線にさらされることでケアと仕事の天秤はより一層ケアに傾く。……(実例)……母親自身が何らかの形で内面化しているケアラー役割を周囲の人から改めて強調されることになった場合、母親たちは子どもか、自分の人生かという引き裂かれ感を感じるのであろう。(p. 114)

 

……母親たちの就労は非常に不安定な状況で、周りの環境次第で常にケアラー役割へのベクトルへと引き寄せられることが明らかになった。(p. 125)

 

 母親の就労の特徴と課題。

  • 非常に不安定。

 男性労働者の賃金の低下。母親に対する稼得の社会的要請

 ケアの市場化によりケア資源を手に入れるためにも所得が必要

  • 一般的には「小1プロブレム」と呼ばれるような母親の就労を危うくする子どものケア資源の不在状況が何度も繰り返しやってくる。インフォーマル資源の不安定。
  • 就労により夫との関係や自分の人生、子どもとの距離感などが変化する。
  • 母親たち全体を取り囲む「良きケアラーである」べきという意識の包囲網は、その内部で就労という同一ニーズを持つ母親たちが手をつなぐことさえも阻む。(125-128)

 

第6章 知的障害者家族の貧困―障害・ケア・貧困の構造的把握に向けてー

 

……障害者が社会資源の拡大を自らの生活に反映できるかどうかは、家族の経済力に規定されているのである。

 以上のことから、知的障害者家族の貧困の固有の特徴は、本人はもちろんのこと、家族全体が弾力性の乏しい家計構造を有し、障害にわたり貧困リスクが継続すること、障害にかかる追加的費用に共通性が認められないことの3点に整理できよう。(p. 131)